HIS-tory
創業と<中山>を物語る
代表取締役   中山 豊

結核、コミュニティ、そして実存。

『死は、いかなる瞬間にも可能である』。ドイツの哲学者、マルティン・ハイデッガーの言葉を、私はぼんやりと思い出していました。そこは静かな隔離病棟。

21歳のある朝、私は大量に吐血し、長期の入院を余儀なくされました。肺結核。大学は休学。立って歩けるのに、敷地の外には出られない、数か月にわたる療養期間。しかし、ここでの生活は、私に大切なことを教えてくれました。たとえば、ここの住人同士の世界では、外の世界のレッテルがまるで機能しない。似たようなパジャマを着て、ボサボサ頭。毎日、座を囲んではよもやま談義。

実は超大手企業の部長さんも、実は彫り物のあるおじさんも、ここではみな同等で同質。いや、将棋が強い人がなぜか一番えらかったりする(笑)。

身の上話も、相当に明け透け。とにかく、みんな持っているエピソードが面白い。いや実に、知らない世界と人間模様があるものだと、蒙が啓かれていく。シャバの世界で接触も縁もない多様な大人たちが、それぞれの在り方を否定せず、尊重し、ここでしか実現しないような、奇妙で愉快なメンバーシップを実現させる。

「自分を生きる」。

何者かになろう、何者かであろうと肩肘を張ってきた私は、あっけなく無力化されてしまいました。

あまりに自分がつまらない。自分を生き、自分を知る人間ほど、社会から自分らしさを評価され、また人に優しい。この隔離病棟の社会は、私の目にそう映りました。誰かから必要とされ、気づきを与えられるほど、まだ自分を突き詰めていない。「普通」にしがみつくのは、もうやめよう。自然と、そう腹に落ちました。自分を生きるほかないのだから。あとは死ぬだけ。誰かの生き方に希望を与えられるほどに、自分自身を生き抜きたい。そう、濃密な人生を。

生まれながらに与えられたいくつかの制約や試練は、濃密に生きるためのチャンスだった。この療養期間を経て、やっと私は自分を取り巻く現実と、仲良くなれたのだと思います。

嵐の中の船出。

歯科業界における専門人材サービスとして認知度№1の求人ブランド『クオキャリア』。今となっては一定の信用をいただけるだけの実績を持ち、また業界をリードするポジションにあるものの、その事業の歴史は、決して予定通りに成長してきたわけではありません。

2006年の設立時は、3畳の物置部屋からスタート。知り合いの歯医者さんからの「歯科衛生士がいたら、紹介してほしい」という依頼を受け、現在の求人広告会社ではなく、人材紹介会社として事業を開始しました。数百万円の予算を投下し、転職希望者を募集するサイトを制作したものの、人はなかなか集まらない。たとえ紹介できる人材が現れても、ここは人材紹介ビジネスが根付いていない歯科業界、成功報酬の金額にご納得をいただけないこともしばしば。1100万円以上あった資金はみるみる減り、残り100万円以下に…。

「何もはじまってないまま、終わるのか…」。

そんな絶望に襲われながら、もう一度世の中のニーズを捉え直し、どうしたらお金を当社に払うほどにご期待いただけるのかを必死に考えました。そして、人材紹介業というビジネスモデルを捨てる決断をしました。『貴院の求人情報が、いま就職したい歯科衛生士の目の前にあらわれる!全国約160の衛生士学校にお届けします』。そんなキャッチコピーの入ったチラシを自ら作成し、全国の歯科医院顧客リストに、最後の予算を投下して掲載医院を募集するFAXを送ったのです。コアターゲットだけに直接届く「専門求人情報誌」。それならどうだ!?…と。

「頼む…」。

3畳の部屋にあるFAXを全社員(私含め当時3人)で囲み、拝みながら待ちました。5分、10分、15分…。そして、FAXの受信ランプがピカピカと点滅し、資料請求の申込書がふぁさっと姿をあらわしたときの興奮。

わっと歓声を上げ、動悸がおさまらなかったのを、覚えています。

続く、苦難。

求人情報誌の制作も、スムーズに事が進んだわけではありません。なにせ、雑誌編集の経験どころか、イラレもフォトショも触ったことのない素人。WEBの知識も、まったくのゼロ…。外部企業に任せるばかりではPDCAを早く回せずに沈没する。すぐ先の未来に対する危機感から、外注管理と並行してDTPやWEBデザイン・コーディングの技術も身につけ、徐々に制作を内製化していきました。

また、当時の『クオキャリア』は新卒に特化した求人誌だったため、新卒採用が一段落する上半期は、売上につながる商品やサービスがありませんでした。明日食うために、今日何かを作って売らねば間に合わない。しかし、開発原資を持たない私たち。今あるもので戦うしかない。倒産の瀬戸際。ストレスで髪がごっそりと抜ける朝を繰り返した2007年の早春、ハッと気がついて着目したのが求人歯科医院のキャッシュフロー。採用施策を厚くしないと人材を採れないが、人手を充足させないと売上で採用コストをまかなえない。一回の支払いの負担を小さく、採用施策は厚く。生みだしたビジネスモデルが、年間を通した採用コンサルティングを行う年間パッケージ商品。そして、月極めによる決済システムです。

開業から数か月のうちに、走りながら大きな軌道修正をして創り出したビジネスモデルは、当時の経営危機を救っただけでなく、その後にやってきたリーマンショックや東日本大震災の下でも、威力を発揮しました。他の求人広告会社や人材紹介会社が倒れていく中、何も持っていない素人集団の私たちが生き残った。この経験から学んだことは少なくありません。

当社が人材採用において、学歴・経歴・習得済み技術や資格を鵜呑みにせず、それよりも課題発見力、解決力、そして不十分な能力や未知の状況にキャッチアップしていく修正力・学習意欲を重視するのは、たどってきたそんな軌跡が影響しています。新しい世界は、いつも最強の素人が切り拓く。

会社という物語を編む。

その後の私たちの展開と成長は、他の記事でご確認いただけると思います。

私たちは、理解しています。自分たちが、いかに平凡であるかを。

いかに世界について無知であり、簡単にできないことばかりであるかを。

そして、こうも理解しています。

できないことをできるようにしていくこと、その物語が人生や、経営と呼ばれることも。

できないことを自覚し、でもできるようになれる自分たちを信じ、打ちのめされ、さらにチャレンジし、その過程を通じて学び取れたことの奥行の深さの分だけ、私たちはやっと変わることができるのだと。

平凡な生身の人間たちの、平凡ではない珠玉の物語をどこまで描けるか、どれだけ描けるか。

もしかしたら、来年、今とはまったく違う事業を開始しているかもしれません。それぐらいいつだって「私たちなんかでも、やってやった!」と思えるテーマを重視し、それだけを追い求めていたいと思うのです。

未知の探求、課題解決のひらめき、でこぼこチームの醍醐味を楽しめる人と出会いたい。集めたい。新しいビジネスをつくっていくのですから、失敗する不安に、躊躇していてはいけません。どんなイレギュラーな現実も楽しめるぐらいに、しなやかな人材が必要なのです。

あなたがたくさんの苦難を乗り越え、これまで歩んできた道。人と違い、人に理解されづらいものだとしても、そこには、必ず、意味がある。いや、意味を見出してあげなければならない。あなたが、あなた自身の希望となるために。

クオキャリアは、

あなたを上手に編み込んだ、

とんでもなく面白い物語でありたい。

そう胸に刻んで、今日もあくせくとやっています。

株式会社 クオキャリア
代表取締役 中山 豊